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貨幣という魔法

貨幣の問題点はそれが、何物にでも変えられるモノであるというところにあると思った。
それは、貨幣を使用する(持つ)者が上位者である(偉い)という幻想を発生させている。

貨幣をつかって何かを受け取るということ、貨幣を物に変えるということは
自分が出来ない事、したくない事を貨幣と引換に誰かにやってもらうことである。

貨幣が何物にでも変わるものでなかった場合。
例えば、貨幣がない世界で、ジャガイモをたくさん持っているとして
自分はジャガイモしか持っていないのだけれども、タマネギが欲しいとする。
そこで玉ねぎを持っている人とジャガイモを交換したとして、どちらかに優位性があるかというと
無いんじゃないだろうか。
基本的にはそういう物であるはずなのだけれど
貨幣が何物にでも変わるという事から錯覚が発生している。

貨幣の優位性という錯覚。
これに、お客様という言葉だったり、サービスが、拍車をかけて、貨幣を持つ者、使う者が驕り高ぶっていて、貨幣自体も崇め奉られている。

個人的には貨幣の話を大々的にすることは、性的な話を大々的にするように、いやらしいと思う、だから貨幣とはきっと猥褻物にちがいない。(そう考えると世間では毎日のようにそこらじゅうで猥褻物が行き交っています)
だから貨幣を何かに変える事は、本質的には卑しい行為なのだと思っています。

自分が出来ないこと、したくない事をやってもらうのですから
そう考えると人はもう少しだけ優しくなれるんじゃないだろうか・・・。
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